最新話考察

進撃の巨人最終話を踏まえループ説を検証!ユミル・ミカサの愛と自立の物語解説

34巻で完全に幕を下ろした「進撃の巨人」。

138話でいきなり登場したエレンとミカサのif世界からループ説信者達は一気にヒートアップしましたが、本誌掲載の最終話ではそれ以上のループ示唆描写は登場せず、幕を下ろしました。

その後、34巻の加筆部分で登場したミカサと始祖ユミルの会話から頭痛伏線が回収がされ、その意味も明らかとなりました。

これらの加筆部分や伏線回収から、「進撃の巨人」ループ説信者としてはどのように意味を受け止めれば良いのでしょうか?

あくまでアース個人の解釈として、「進撃の巨人」ループ説の読み方とその意味を解説していきたいと思います。

「進撃の巨人」のループ伏線とは何だったのか?

見て行きましょう!


進撃の巨人ループは何を表していたのか?

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「進撃の巨人」第7話「小さな刃」より

「進撃の巨人」はループモノである、というループ説は初期の頃から根強くありました。

この辺りについては「進撃の巨人」ループ説を検証!にてまとめていますので、見てみてください。

「進撃の巨人」の世界がループしている、と考えた時は間違いなくミカサがメインとなっており「ミカサの頭痛」がキーとなると考えられてきました。

  1. 第2話「その日」にてエレンの母親でミカサの養母であるカルラが巨人に殺された場面
  2. 第5話「絶望の中で鈍く光る」にて避難出来なかった母子を助けた場面
  3. 第7話「小さな刃」にてエレンの死を聞いた後にガス切れで落ちた場面
  4. 第29話「鉄槌」にて女型の巨人にエレンが食べられるのを見た場面
  5. 第45話「追う者」にてライナー達にエレンが連れ去られた事を聞いた場面
  6. 第83話「大鉈」にて、アルミンが瀕死の状態になっている所を発見した場面
  7. 第109話「導く者」にて、ルイーゼの敬礼を見た場面
  8. 第112話「無知」にて、エレンからアッカーマン一族の習性を説かれている場面
  9. 第138話「長い夢」にて、エレンの死を覚悟した時と殺すしかないと決心する場面と夢を見る前の3回

多くはミカサが大切な人を失った時、失いそうになった時に起こっていた頭痛。

ミカサの頭痛からループ説を検証!では、頭痛は「ミカサの逃避」タイミングで起きており、それがループ発動のキッカケなのではと考察していました。

そのミカサの頭痛が最終巻34巻の加筆ページで、「始祖ユミルが起こしていた」と分かりました。



進撃の巨人ループ伏線の頭痛は始祖ユミルが起こしていた

「進撃の巨人」34巻より

34巻の加筆ページで明らかとなったミカサと始祖ユミルの会話。

注目すべきは、この時の「ずっと私の頭の中を」というミカサの発言です。

ここから「ミカサの頭痛は始祖ユミルが頭の中を覗いていたから起こっていた」と、察せられますよね。

ミカサのループ伏線である頭痛を起こしていたのが始祖ユミルとなると、ループを起こしていたのもミカサではなく始祖ユミルだったと考えられます。

さらに深堀りして行きましょう!

進撃の巨人ループは始祖ユミルが起こしていた!

「進撃の巨人」第139話「あの丘の木に向かって」より

139話で、始祖ユミルが二千年間待っていた人物がミカサだったと、エレンの発言から確定されました。

これはエレンから見ればその通りでしょうし、実際ミカサの登場により巨人の力は消えユミルは解放されました。

ただ、ループ説を取った場合、それだけではありません。

今回のルートを取らない場合、始祖ユミルがミカサにやり直しをさせていたという展開もあったはずです。

自分を解放させてくれる可能性があるミカサに興味を持ち(エレンに執着するミカサに自分を見たか)、納得できないルートを取った時にやり直しをさせていた。

34巻ラストが納得できるラストであり、それで彼女は解放された。

例えば138話のif世界も以前のルートであり、始祖ユミルとしては納得できなくやり直しをさせていた、と言うことにもなりそうですよね!

34巻の加筆ページから頭痛の原因がユミルであったことからこのような見方をすると、ループは始祖ユミルが起こしていたということになりそうです。



進撃の巨人ループ説信者にとっては愛と自立の物語だった

ループ信者だったアースですが、これまでは「ミカサがエレンの為にループを起こしている」と考えていました。

しかし34巻加筆ページから、始祖ユミルが自身の解放の為にミカサをループさせていた、と分かりました。

では、始祖ユミルは具体的に何のためにミカサをループさせていたのでしょうか?

「自身の解放」とは、何なのか?

「34巻加筆ページを考察!」でも考察していますが、加筆ページの「槍からフリッツ王を守らない描写」にヒントがあると考えています。

「進撃の巨人」34巻より

34巻加筆ページでミカサの話を聞く始祖ユミル。

「あなたの愛は長い悪夢だった」「それでもあなたに生み出された命があるから私がいる」という言葉から、フリッツ王をかばわず3人の娘に寄り添う始祖ユミルの場面が登場します。

これは122話でフリッツ王を槍からかばった場面の、もうひとつの展開ですね。
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「進撃の巨人」第122話「二千年前の君から」より

この時にフリッツ王をかばわない展開をイメージした始祖ユミルは、そのまま解放されたかのように消えていきます。

これ、「愛する人を殺す」というミカサの行為と重なりますよね!

「進撃の巨人」138話「長い夢」より

愛する人を斬ったミカサと愛する人を見捨てるユミルは、重なります。

愛する人を見捨て切れなかったユミルが、もうひとつの選択をするミカサを見たかった、出会いたかったためにループさせていたと考えられます。

これに関して、Ooさんから素晴らしいコメントをいただいております。

一部抜粋して紹介します。

ループする物語って、
「ループする能力を持った人間が、『もうこれでいい』と思わないとループが終わらない」
ものだと思っています。

登場人物達が「最高の終わり方だ」と思っても、
ループ能力を持った人間が「もっと良い未来がある」「まだ納得できない」
と思えばループするし、
逆に登場人物達が「もっと良い未来がある」「まだ納得できない」
と思ってもループ能力を持った人間が
「もうこれでいい」と思えば、
ループは終わる。

ループ説をとった場合、
おそらくループ能力を持っているのはユミルです
そしてユミルがループを断ち切る納得を得られるのは、
多くの人が救われる結末でもなく、
ミカサとエレンが結ばれる結末でもなく、
「マフラーは巻くがエレンを殺す」
という結末だったのではないでしょうか
あなたを愛しているがそこに縛られているわけではない、
という愛と自立
愛と自立はときに矛盾するものであるけれど、
その矛盾の中でもがいて選んだものこそ「自由」であり、
ユミルに「もうこれでいい」と思わせたのではないかと思います。

フリッツ王への愛とフリッツ王からの自立
それがユミルの納得した答えであり、
ループを終わらせる答えだったのかと思います。

これ、素晴らしい考察ですよね!

38話の夢はエレンが見せた?ミカサループ説を最終話を踏まえ徹底検証!のコメント欄で全文が読めますので、ぜひ。

フリッツ王への愛とフリッツ王からの自立という矛盾した答えをミカサに求め、ループし続けていた。

最後に求めていた答えを手に入れループが終了し、ユミルが解放されエンドした。

つまりは始祖ユミルとミカサの愛と自立の物語が「進撃の巨人」と言えますよね!

ループ説信者として物語を読んできて良かったな!と感じた読み方でした!

Ooさん!

素晴らしい考察をありがとうございます!

今回のループ考察で、「進撃の巨人」は始祖ユミルとミカサの愛と自立の物語であると分かりました。

「進撃の巨人」のもうひとつの物語、みたいな読み方ですよね。

こんな読み方、大好きですよ!\(^o^)/

最高な締めくくり方だったな、と改めて感じた「進撃の巨人」最終話考察でした!

アース
アース
やっぱりミカサさいこー
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POSTED COMMENT

  1. 二度目の投稿 より:

    誰かに頭の中を覗かれてる夢を見て、ハタと目が覚めた二度目の投稿でございます。
    何故こんな夢を見たかというと、払拭できない疑問があり、考察しつつ寝てしまったからです。
    その疑問はというと。。
    始祖ユミルがミカサの頭の中を覗いていた事と頭痛は関連しているのだろう。それはわざわざコミック最終巻で加筆された事から間違いないと思う。
    しかし、頭痛が起きたシーンの中でルイーゼとの絡みがわからない。ルイーゼ親子を助けたシーンとルイーゼの敬礼シーン。
    ユミルは何に興味を持ったのか?
    そして最大の疑問がルイーゼの敬礼シーンで初めてフラッシュバックが表現され、しかもエレンが賊をやっつけた(もしくはミカサがアッカーマンの力に目覚めた)シーン。とても意味深に描かれてましたね。
    これはユミルがミカサに見せたものなのか?それならば何故見せたのか?がどうもわからない。
    長い夢の前の頭痛の時にエレンに罵倒されたシーンをミカサが思い浮かべ、「あれが最後?」と言っていたが、これはミカサが能動的に思い出したように思われ、ルイーゼの時とは異質に感じる訳です。
    いつまでも引きずるんじゃねぇよとの指摘もあるかもしれませんが新たな考察ネタになればと思い、書きました。
    (既出ネタであればすみません)

    • >ルイーゼ親子を助けたシーンとルイーゼの敬礼シーン。
      ユミルは何に興味を持ったのか?

      たしかに頭痛の中でこの場面だけが浮いていますよね。
      この疑問に関してアースもキッチリと答えは出していませんが、冗談まじりで
      「ミカサのストーカーであるルイーゼがユミルちゃんと似ているから興味があったのかな?」
      と考えています(笑)

      何度突き放しても食いついてくるルイーゼ。
      終いには「心臓を捧げよ」敬礼で、ミカサに全幅の信頼を見せつけます。
      このようにされたらミカサはどう感じるのか?
      自分もしたいので、ルイーゼにされたミカサの気持ちに興味があったのかな?なんてイメージしました(笑)
      真面目に考えたら「エレンに疑問を持つミカサの気持ちを見たかった」なのかもですが。
      この辺り、いろいろ考えられますね(*^^*)

      管理人アース

    • 井筒孝庵 より:

      こんにちは。

      二度目の投稿さん、アース団長、横から失礼しますm(__)m

      > ユミルは何に興味を持ったのか?

      > そして最大の疑問がルイーゼの敬礼シーンで初めてフラッシュバックが表現され、しかもエレンが賊をやっつけた(もしくはミカサがアッカーマンの力に目覚めた)シーン。とても意味深に描かれてましたね。

      > これはユミルがミカサに見せたものなのか?それならば何故見せたのか?がどうもわからない。

      全く仰る通りなのかと。

      他での頭痛のシーンから浮いているわけです。

      改めて考えてみたのですが、進撃を「呪いを解く物語」として捉えてみると、

      そこには、呪う←→ 呪われる の関係が生じていて、

      それをミカサとルイーゼの邂逅シーンに当てはまると、

      ミカサはルイーゼを呪い、ルイーゼはミカサに呪われるとなります。

      呪うというのは、呪術の呪でなく「呪縛」の呪、縛りをかけるということです。言い換えれば、「拘束」する。その拘束は、縛ってやろうという意識的なものではないです。

      ミカサ → (拘束) → ルイーゼ

      逆に見ると、拘束は、従属や隷属のようになります。

      ミカサ ← (従属) ← ルイーゼ

      同じ構図は、エレンとミカサの間にも成り立ちます。

      エレン ← (拘束・従属) → ミカサ

      そしてそれは更に、始祖ユミルとエレンの間にも言えて、

      始祖ユミル ← (拘束・従属) → エレン

      ここ(↑)は、エレンに「運命」を課し、エレンは運命の奴隷になっているという構図かな。

      全体として見ると、

      《始祖ユミル》 ← (拘束・従属) → 《エレン》 ← (拘束・従属) → 《ミカサ》 ← (拘束・従属) → 《ルイーゼ》

      ルイーゼはミカサを慕ったまま亡くなり、ミカサがかけた呪いは解かれませんでしたが、

      ミカサとルイーゼの関係は、

      始祖ユミル・エレン・ミカサの3者の関係を暗喩している、と見れば、

      地下牢でのルイーゼの敬礼に対して、ミカサがなぜかエレンに助けられたシーンを想起し、なぜか頭痛に見舞われる(ユミルが関与してくる)、ということの説明がつくように思われました。

      ・・・

      未だなお、読解や解釈の途中にあって、自分は進撃の物語の呪いが解けていません(*^ω^*)

      ーーーーーーーーーーーーーー

  2. 井筒孝庵 より:

    こんにちは。

    連投失礼します。

    いろいろ書き記しますが、また、いろいろと話が飛びそうですが、進撃から逸れるようなことはないで(たぶん(笑 )、ご容赦をm(__)m

    URL省略。
    (映画ウォッチ、「ワンスアポンアタイムインハリウッド〜ネタバレあらすじ結末と感想」)

    > 2019年アメリカ映画。1969年ハリウッド、キャリアアップに苦しむ俳優リックと彼の付き人クリフは親友としても固い絆で結ばれていた。しかしリックの家の隣に有名ディレクターのロマン・ポランスキーとシャロン・テートが引っ越して来た事により2人の人生は大きく変わるのだった。

    ディカプリオとブラッド・ピッドの共演(≧∀≦)b

    もとい、監督は(クエンティン・ジェローム)タランティーノですね(*^ω^*)

    タランティーノは諫山先生に大きな影響を与えて人の一人ですが・・念のため(↓)。

    URL省略。
    (ダ・ヴィンチ、「進撃の巨人、すべてはこの男の脳内で始まった――ダ・ヴィンチ2014年10月号の諫山創氏インタビューを特別公開!」、2021/06/11)

    マイ理解では、サンプリングとクリエイテヴィテイ・・模倣と創造性がタランティーノの特質かな(*^ω^*) 複雑なものをさらっと表現してしまう、そのギャップのところに創造性の妙があるように思っています(私見)。

    さて、ワンスアポンアタイムインハリウッド。

    ネタバレなしでプロットがどういう構造かとなりますが・・

    もしも、バッドエンドが防げたら・・ループものではループしますよね。

    でも、一度限りの悔いなき選択をテーマに据えていたのなら、(平たく、一期一会の大切さを重視するのなら)

    いったいどういうことになるのでしょう?(*^ω^*)

    タランティーノ監督のワンスアポンアタイムインハリウッドは、それ〜やり直すことと一度限りということの二律背反の回収〜をやりのけています。

    プロットの構成的には、ループしないループの物語です。

    ・・・

    作品を楽しむためには、予備知識が要ります。そういう場合もあります。

    例えば、JFKを扱った作品を楽しむ、あるいは理解しようとすると、JFKについての予備知識がある程度要りますよね。

    俳句や短歌も同じでしょう。ただの短文として受け止めてはいなくて、事前の了解、ようなものが要ります。敷居を上げるということではなく、最小限の出発点として。

    ワンスアポンアタイムの場合には、カルト集団によるハリウッド女優の、陰惨で凄惨な殺害事件という、ある意味で共通の記憶が作品理解の前提となります。

    《問》 「意味」とは何か?

    《答》 解釈するには、「文脈」が要る。絵画で言えば、地(文脈)と図(個々のシーン)の関係を併せて、図(個々のシーン)の意味が浮かび上がってくる、となります。

    最終話の加筆では、最終ページに巨大樹が描かれて、熱心なファンであれば多くが第122話での巨大樹を想起/イメージしたかと思います。どちらも巨大樹ですが、122話と最終話とでは違いもあって、それは最終話では巨大樹の上を多くの鳥が舞っているというところです。物語の終盤ではエレンと鳥を重ね合わせるような描写が頻出していたので、そこから導かれる連想は、単なる繰り返しではない、少年を待ち受けるのはエレンなのかもしれない・・といったことですね。

    シーンをシーケンス(文脈)を通して見ると、また見え方が変わってくるという話でした。

    シーンは、サンプリングの対象です。個々のそのシーンをどう見せるか?は、どういう意味を担わせるか? は、文脈(シーケンス)をどう構成するかにかかって、タランティーノは凄いですが、諫山先生、とても凄いと、改めて思っています(*^ω^*)

    こんな感じで、

    デヴィッド・リンチの「ブルー・ヴェルヴェット」に続きますね。

    ーーーーーーーーーーーーーー

    • 井筒孝庵 より:

      こんにちは。

      デビッド・リンチ監督の「ブルー・ベルベット」を取り上げてみますね。

      観るのであれば一人で夜中にかな〜(*^ω^*)

      URL省略。
      (映画ウォッチ、「ブルーベルベット〜ネタバレあらすじ結末と感想」)
      > (ネタバレなしで)1986年アメリカ映画。デビュー長編の「イレイザーヘッド」以来、久しぶりにデヴィッド・リンチ監督がその本領を見せた異色の犯罪ドラマ。グロテスクな場面が連続し、リンチ的としか言いようのない世界を見せる。

      そのイントロは、トレイラーで確認できますが、こうです(↓)。上記解説より。

      > アメリカののどかな田舎町ランバートン。しかし、原っぱの草の中でも虫たちの生存競争が行われ、生物の本能は残酷だということが分かります。

      観ていると気持ち悪いので、何これ? と思いますが、生存本能とその残酷さが隠喩/メタファーされているようです。言われて後から知った。

      犯罪ドラマとして異色なのは、犯罪を構成する動機にあって、ミステリーの範疇には収まりません。サイコサスペンスとなるでしょう。作中の主人公も観客も放り込まれる世界は悪夢のようなものです。リンチ的というのは、それには意味がありますが省略して、この作品が後年の「ツイン・ピークス」(1990、2017)の原型であるということで十分なのだろうと。

      《問》 これが進撃といったいどう関係するのだろう?

      《答》 ブルーベルベットでは、情事と暴力が存分に描かれていますが、キモとしては倒錯的であることです。平たく、いかれているわけですが、進撃本編とは直接的には関係ありません、特に情事は(笑 暴力は地鳴らしは倒錯的かもしれませんが、ブルーベルベットは、本編との直接的関わりというより、作品外というところでの(メタな)関わりというものを想起させます。類推の手がかりとしてズバリ、「ヒメノア〜ル」(古谷実、2010、2016)ですね。

      URL省略。
      (現在進行中の黒歴史、「映画ヒメアノ~ルなんですが」、2016/06/01)

      個人的には怖いのは好きですが、グロいのは苦手です(´∀`; )

      両作品(ブルーベルベットとヒメノア〜ル)に共通しているのは、情動(原初的欲求、イド/エス)を構成する幾つかの要素のうち、性衝動と暴力とが、互いに侵犯し合っていく/融合して暴走していくところです。(説明/解釈するならフロイト的というより、ジョルジュ・バタイユ的かもしれません。)

      怖さとグロさの境界線は、個々人の感覚による線引きとなりますが、無知性巨人による捕食は大丈夫だけれど、三姉妹によるユミルの捕食がスチルでなく動画で描かれるとなると観るに耐えないだろうというのが、自分の境界線かなぁ。

      映画のヒメノア〜ルはあまり薦めませんが、(← 上記のブログ主さんと、見解の相違ありな箇所(笑 ) 作品のメタ的な理解との関連では、ブルーベルベットをお奨めします(*^ω^*)

      ーーーーーーーーーーーーーー

    • 井筒孝庵 より:

      こんばんは。

      続きますね。呪いの話です。

      呪いと言えば、現在進行形で想起される、あるいは検索エンジンで真っ先に上がって来るのは「呪術廻戦」で、以前であれば「貞子」とかだったでしょう、その時々によりますね。

      自分の場合、進撃とともにフォローしてきた作品の一つが「ジョジョリオン」で、その最新話でおおよその決着がつきましたが(進撃で言えば138話辺り)、完結/最終話の告知がなく、一捻りとエピローグであと2話くらいの予想。

      《問》 進撃の巨人とジョジョリオンとで、共通している点というか、プロットとしてかなり共通しているものは何でしょう?

      《答》 それはこの二つとも、《呪いを解く物語》であった、となるでしょう。

      《小問》 「鬼滅の刃」ではどうだったのだろう?

      《小答》 それももちろん、呪いを解く物語でした。鬼滅の考察はしていませんでしたが、産屋敷家と鬼の起源からイメージできるものは、古事記の天孫降臨のくだりでの、石長比売(永遠の命)と木花咲耶姫(儚い命)の物語です。鬼滅に神も仏も出てきませんが、作中での鬼の起源は建国神話に重なり合っていると観てよいのでしょう。二人の姫の存在(=大山津見神による誓約)が「呪い」に相当するので、もしもその二人の姫が消滅すれば誓約が破棄される/呪いは解かれることになります。

      《小問》 ジョジョリオンではどうなのでしょうか?

      《小答》 呪いは解かれますが、無くなりはしません。世界がある限り、あるいはヒトがいる限り。

      《問》 進撃ではどうなのでしょうか?

      《答》 最終巻での加筆、そこにある意味では劇的に対照的なポイントがあると観ています。

      ・ もしも、加筆がなかったら、特に最後の3ページがなかったら、進撃は、ユミルの/巨人の力の呪いが解かれた物語として完結したものと見做されるでしょうが、加筆が加わったことで様相が大きく変わり、呪いは解けているが、別な意味での呪いはかかったままだと見做されるわけです。

      ・ 喩えるなら、加筆がなければ、「呪いの物語」としての進撃は、鬼滅とプロットが同じく「呪いを解く物語」となりますが、加筆によって進撃は、ジョジョリオンと同じく「呪いを解くが呪いは消滅しない物語」となります。(← 物語が完結したのは進撃の方が先なので、正確には、ジョジョリオンは進撃と同じく・・となります)

      《まとめ》

      ◉ 呪いを解く物語であっても、呪いが無くなるのかそうならないのとでは、結構、大きな違いになります。

      ◉ 進撃という物語は、虚構として閉じずに、虚構→現実に開かれたメタな構造にあるように思えます。虚構と現実の相互参照ですね。(← 鈴木光司さんのループ三部作の「ループ」を思い起こさせます)

      ◉ 蛇足で、「シン・エヴァ」もまた呪いを解く物語でしたが、上述の観点のもとでそのプロットは鬼滅と同じと言ってよいでしょう。呪術廻戦はどうなるのだろう?

      ーーーーーーーーーーーーーー

      • >呪術廻戦はどうなるのだろう?
        これ、まだまだ分かりませんよね!
        作者の中では決まっていそうですが。
        リング・らせん・ループもまた読み直したいなと感じました。
        ループは世界中が貞子になった話だったかな?
        思い出せなくなっています(泣)

        管理人アース

        • 井筒孝庵 より:

          こんにちは。

          アース団長、返信頂きありがとうございます。

          ループ三部作(誤)→ リング三部作(正)でした。

          世界中に貞子が増殖するのは、第2作の「らせん」です(*^ω^*)

          第3作の「ループ」は、設定/世界観をホラーからハードSFに振っていましたが、同時に、物語としては、らせんのパラレルワールド的な世界でもあって、自分としてはループを「らせん2」と捉えています。

          ・・・

          団長のご指摘にあった「ノルウェイの森」(by村上春樹)の「野井戸」と《イド》ですが、

          リング三部作では、井戸と言えば貞子であり、呪いの中心でした。そしてリング三部作に続くのが、「S」と「タイド」の二部作ですが、

          Sは貞子のSですが、《エス》 というのはそのものズバリ、《イド》のことです。← 異論の余地なしな箇所

          リング三部作では、ループ、言い換えると、主人公の「死と再生」の物語になっていますが、(← ウロボロス=輪廻の蛇ですね)

          続編のエス二部作では、そもそもの呪いの深淵/震源である《イド》を突き詰めています。《問》 貞子はなぜ呪うのか? (《問》 ユミルはなぜ呪ったのだろう?)

          フロイト的説明で作品の解釈を押し通そうというつもりはないです、ループで押し通せないかなぁとは思っていますが(笑

          それでも作品の側が設定する世界観によってはフロイトは、どうしても被ってきてしまいようにも思えています。晩年のフロイトは、「神話の発生」にまで踏み込んできているからです(↓)。

          URL省略。
          (松岡正剛の千夜千冊、「ジグモント・フロイト、モーセと一神教」)

          ・・・

          ps

          鈴木光司さんの続編2部作でのエス(イド)の取り扱いにはなかなか興味深いものがあると思っています。箇条書きしておきますが、

          ・ 「S」での設定は、リングの設定を踏襲しながら加わる舞台設定として、それはストーカーと少女連続殺人事件です。← サイコパスなシリアルキラー、対比としてにヒメノア〜ル

          ・ 前日譚である 「タイド」では、《蛇》が象徴的に幾度も登場します。

          ・ 蛇にはフロイト的には大きな意味がありますがそれ(性的な解釈)は脇に置いて、作中ではギリシア神話の「ヒドラ」(ヒュドラー)が象徴的に登場します。ヒドラは9つの頭を持っていて、そのヒドラを育てたのが、オリュンポスの最高神の1人(ゼウスの妻)である「へーラー」でした。

          《小問》 (象徴的に) ヒドラはイドであり、その根源はへーラーなのか? その対比として、《小問》 九つの巨人はイドであり、その根源が始祖ユミルだと言えるのか? だからそうなのだとは言いませんが、とても興味深くはあります。閉じた時の輪、ループと死と再生を意味するのが蛇であるウロボロスであり、北欧神話のラグナロク(終末)に世界に破壊をもたらしたのが海蛇であるヨルムンガンドであるといったことも考え併せると。

          ーーーーーーーーーーーーーー

    • 井筒孝庵 より:

      補足です。

      ワンスアポンアタイムインハリウッドも、「呪いを解く物語」なのですが、とてもユニークな設定です。

      どうユニークか?と言えば、呪いを解く物語の中で、つまり作中では、呪いがかけられていないというところです。

      呪いがかけられていない物語で呪いを解くという物語。

      作品と作品外との関係というメタな構造を前提にしているということです。最終巻での加筆おまけ2ページ(スクカー)と構造的に同じです。← 作品と作品外が関係しているという点で

      「映画・進撃の巨人」 ← エレン・ミカサ・アルミン(+マルコ)

      「映画・ワンスアポンアタイムインハリウッド」 ← シャロン・テート殺害事件を知る観客

      ワンスアポンアタイムインハリウッドの作中では、登場人物に呪いはかけられていません。しかし、観客は、女優殺害事件(一種の社会的トラウマに相当)を知っているということを通じて、呪いがかけられているわけです。呪いは作中では解かれず(そもそもない)、作品外で解かれる、という構成になっています。(事件を知らないと、観てもさっぱり分からないことになるので、予習が要りますね。)

      《補足》

      固い言葉で言えば、一般に、作品はメッセージ(=内部メッセージ)を担っていますが、メッセージを解釈する上では、解釈系(=フレームメッセージ)とライブラリー(=外部メッセージ)が併せて必要となりますが、

      ワンスアポンアタイムインハリウッドでは、

      実際の事件が素材になっているということをフレームメッセージとしてまず受け取り、その事件の内容を外部メッセージとして利用することで、作品が陰伏的に担っている意味を引き出す、ということになります。

      呪いは明示的に描かれていませんが隠伏的に描かれていて、だから、

      呪いがかけられていない物語で呪いを解く物語になっているということになります。

      《問》 それが進撃と関係あるのか?

      《答》 ジョジョリオンや進撃では、呪いは解けていますが、別な意味での呪いは解かれていません。

      ・ 喩えるならそれは、人類に掛かっている呪い(のようなもの)と言えるのでしょう。 それをイドと呼ぶかあるいは原罪と呼ぶか等など・・それらは外部メッセージに依ります。

      ・ 解かれた呪いは明示的なもの、解かれていない呪いは隠伏的なもの・・後者の陰伏的メッセージをどう読み取るかは、まさにそれぞれの読者に委ねられているのだろうと観ています。

      ーーーーーーーーーーーーーー

  3. ユミル・イェーガー より:

    こんにちは。

    井筒さんとコダヌキオタヌさんとアース団長のやり取り…
    興味深く拝見させていただきました。

    井筒さんのユングとフロイト考察
    コダヌキオタヌさんの「火の使い方」と「入れ子」考察
    BSのNHKで討論会として番組が制作出来ますね(笑)

    アース団長も先日のコラボツイキャスでおっしゃっていましたが、進撃に出会えたこと、このサイトに出会えたこと、アース団長を含めアース調査兵団のメンバーの方々と出会えたこと、生涯の宝物です。

    一生涯「進撃の巨人」を楽しみ、味わい尽くしたいと思います。

  4. 井筒孝庵 より:

    こんにちは。

    承認欲求的な反論ということではなく、遊びの範疇での「異説」を書き記そうと思っていますが、その前に、途絶えていたかに見えたハリウッド実写版の情報が少し出てきているようなので、ご紹介しておきますね。

    基本は進撃愛(*^ω^*)

    こちら(↓)になります、Epicstream。

    URL省略。
    (Epicstream, “Attack on Titan Live Action Hollywood Movie: Release Date, Cast, Plot, Trailer, Director, News and Everything You Need to Know” 2021/04/16)

    かいつまむと、進撃実写版の監督に名前が挙がっていたアンディ・ムスキエティ氏がDC映画「ザ・フラッシュ」を撮り終えることでその次が進撃になるだろう、という観測。

    確定したザ・フラッシュの公開は、来年の2022年11月で、いろいろと情報が出てきています(↓)。

    URL省略。
    (IGN、「フラッシュ単独映画の監督がスーパーガールのコスチュームをちょっとだけ公開、2021/06/19)

    楽しそうです(*^ω^*) 単独映画というところがキモかなぁ。シリーズものだと続編1作につき3年スパンで進撃の制作が遅れかねないので。とても順調にいけば、進撃実写版は、2022年にクランクイン、2024−5年に劇場公開かなぁ(*^ω^*)

    当たり前のことですが、

    ◉ 実写版の制作では、100億円単位での巨額な制作費を要するので、多くの人が関心を持つということが欠かせません。

    ◉ また、多くの人であってもハリウッド版である以上、海外の人たちがどう思うかという反応がとりわけ重要になってきます。

    ◉ 一ファンとして、完結した進撃をどう読み取るか、解釈するかはとても大切なことですが、同時に、多くの人たちがどう読み取るか、解釈するかが、ハリウッド版実写化が実現するかどうかではとても重要なことだろうと思って観ています。

    ・・・

    上記のEpicstreamで関連記事として興味深いのが、連載版/月刊誌版の最終話が出てくるタイミングでSNS上で「コードギアス」がトレンドインしてきたと伝えられていることです。

    「コードギアス」については、以前からよく比較されていたし、特に、連載版/月刊誌版の最終話掲載時点では、それが多数派であるかどうかはともかく、最終話がコードギアスオチという批判的文脈で捉えられていたと記憶しています。

    群像劇の観点では、ざっくり自己犠牲というタームで類別すると、そうした批判は当たらなくはないですが、SF設定という別な観点で捉えてみると、差異が際立ちます。そしてその差異をもとに群像劇を改めて捉え直すと、作品の相違/差異が確認できると思っています。

    ・・・

    トピックのお題に立ち返り、続きますね。

    ーーーーーーーーーーーーーー

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    • 井筒孝庵 より:

      こんばんは。

      別トピックの槍フリッツでのアンケートでは、その解釈が大きく呪解メタファーと史実(歴史改変)とに分かれていました。

      ループものとしても読めるし、そう取らなくとも読める、もともとそういう作りになっているようなので(← 二次通対談)、結果的に解釈が分かれるのではなくて、予め解釈が分かれるようになっている、と観ています。

      その上で、ループ設定という観点からすると、覗きユミルも槍フリッツも併せて、

      振り出しに戻ってユミルが歴史改変した、と見るのが、とても自然/シンプルで受け入れやすく自分には思えてしまうのですが・・なんかおかしいのかな(´∀`; )

      ・・・

      別トピックで記しましたが、どうにもユミルの性格が未だによく分かりません。

      その性格を巡っては作中でも大きな幅がありました。マーレ史書に見られる悪魔(もしくはそれに魂を売り渡した者)から、フリーダ絵本に見られるみんなから愛された優しい子まで。毀誉褒貶が激しいわけです。

      > 愛する人を見捨て切れなかったユミルが、もうひとつの選択をするミカサを見たかった、出会いたかったためにループさせていたと考えられます。

      この場合(↑)ですが、ユミルの性格をどう規定することになるのだろう。

      仮に・・進撃の巨人のエンディングが気にいらない!ということで、作者に書き直しを求める・・エスカレートして、気にいるまで書き直しを求める、つきまとうとしたらどうでしょう・・かなりヤバいですよね(*^ω^*)

      ほとんどミザリーです(↓)。

      URL省略。
      (映画ウォッチ、「映画ミザリー、ネタバレあらすじ結末と感想」)
      >> 1990年アメリカ映画。小説家のポール・シェルダンは雪山で事故を起こし、重傷を負う。死にかけのポールを救ったのは元看護師のアニー・ウィルクス。アニーはポールの「一番のファン」を自称し、ポールが完結させた「ミザリー」シリーズの続きを書くように迫る・・・常軌を逸したファン心理と監禁され虐待を受ける恐怖を描くホラー映画。

      別トピックで本当は怖い?始祖ユミルを記しているので、こうしたキャラクタ造形を否定しているわけでは全くありません。むしろ、あり得ると思っていますが、その場合、

      《問》 満足を得た始祖ユミルは、大人しく成仏?するでしょうか?

      《答》 よく分からないものがどうするか?分かりませんが、満足したからといってすんなり改心?するようにはとても思えません・・

      URL省略。
      (映画ウォッチ、「映画コレクター (1965年)、ネタバレあらすじ結末と感想」)

      ターゲットを替えて繰り返しそう(´∀`; )

      ・・・

      ミカサがヤンデレであるとしてみましょう。

      ユミルは・・ミカサと似ているわけです。どう似ているのか作中ではほとんど描かれてきませんでしたが、

      元祖で強度のヤンデレということがあり得るわけです、なんたってあのフリッツ王が好きなわけですから。

      ジョジョの山岸由花子どころではない・・気が済むまでやり直すのであれば、未来日記の我妻由乃か(´∀`; )

      由乃は、ローマ神話の「ユノ」から来ています。ユピテルの妻。ギリシャ神話ではゼウスの妻ヘラ、オリュンポスの最高位の女神ですが、その性格は、浮気ばかりしているゼウスの数多くの愛人に対して常に復讐を企てる、です(´∀`; )

      ユノ(ヘラ)の特殊能力は、卓越した情報収集力にあるのですが、その能力の用途はもっぱら、ゼウスの浮気の現場を押さえるために「覗く」です。才能の無駄遣いのようにも思えますが(´∀`; )

      《まとめ》

      ◉ 始祖ユミルは・・ストーカー気質っぽくてヤバいですが、神さまだとしてもかなりヤバそうです(´∀`; )

      なお、なぜ、ミカサの頭の中を覗くまでの関心を持ったのか、別トピックで記しましたがそれとは別に、

      愛の形をシミュレーションしたかったからというよりも、ユミルは自身とミカサを同一視しましたが、同時に、フリッツ王とエレンを同一視しているわけですよね。座標でユミルを後ろ抱きしたエレンは、ユミルを解放しただけでなく、2000年ぶりに現れたフリッツ王ライクな強くて危ない男です・・ユミルの好みのツボにはまっているとみてよいでしょう。

      つまり、ユミルがミカサに強い関心を持ったのは、(下世話に)「恋敵」だと認識したからだ、と観ます(*^ω^*)

      ・・・

      始祖ユミルがオリュンポスの神々の世界で例えるとヘラであるとすると、

      《問》それではミカサは、例えるならなんでしょう?

      《答》 軍神であり女神である「ミネルウァ」(アテナ)となります(*^ω^*)

      ・ なぜか? 一行で記すと、アテナはゼウスを討伐する資質を備えている。

      《問》 それではエレンは例えるなら、なんでしょう?

      《答》 鍛冶屋でありアテナとともに職人の守護者として仰がれた「ウルカヌス」(へファイトス)となります。

      ・ なぜか? 三行で記すと、1)スピンオフのBefore the fallは、へファイトスの物語であるから、2)アテナとともにあるから、3)暁の鎮魂歌のMVに登場する黒服の男の顔は鳥であり、足が不自由であるから、など。

      ーーーーーーーーーーーーーー

      • >ユミルがミカサに強い関心を持ったのは、(下世話に)「恋敵」だと認識したからだ、と観ます(*^ω^*)
        なるほどですね!
        ミカサとユミルが似ているのは好みの男性、という事になるでしょうか?(笑)
        こういう見方も面白いですね(*^^*)

        管理人アース

        • 井筒孝庵 より:

          アース団長、こんにちは。

          返信頂きありがとうございます。

          コードギアスとの比較については、私見を書き記しております。

          >> ユミルがミカサに強い関心を持ったのは、(下世話に)「恋敵」だと認識したからだ、と観ます

          > なるほどですね!ミカサとユミルが似ているのは好みの男性、という事になるでしょうか?(笑)

          (*^ω^*)

          始祖ユミルがミカサの頭の中を覗いているだけでなく、行動として干渉していることもあるとすると、「恋敵」であるならその行動はミカサの邪魔をするか、ミカサ自身を攻撃するとなるのでしょう。

          回収し切れていない謎の一つとしてトロスト区奪還作戦での第13話「傷」で、エレンがミカサを攻撃し、ミカサが頰に癒せない傷を負ったシーンが挙げられます。

          これについてはトピックのお題ともなり、攻撃の理由としては、

          1) エレンが力を制御できていなかったから、

          2)アッカーマンも人型の巨人であり、エレンが潜在意識的にミカサを倒さなければならない巨人として認識したから、

          3) 最終局面でミカサはエレンを討つことから、同じく潜在意識的にミカサを忌避、敵視した、

          などが挙げられると思いますが、始祖ユミルがミカサを恋敵と認識したという場合にはシンプルに、

          4) ミカサが邪魔だったから、(特に、私のエレンの顔にミカサがくっついて迫っているなんて許せない→ エレンの顔を手加減せずに殴る)

          ということになります。

          謎多き始祖ユミルの性格ですが、とても怖いユミルと愛の形に学ぶユミルとを両立させなければならないし、両立させるためには、設定上の視点をクリアにする必要があると思っていて、

          コードギアスが《ユング》であるなら、進撃の場合は《フロイト》になるだろうという見立てでまとめてみます。

          引き続きの連投ご容赦くださいm(__)m

          ーーーーーーーーーーーーーー

          • >コードギアスが《ユング》であるなら、進撃の場合は《フロイト》になるだろう
            コードギアスと進撃の類似点はネット上でもたまに見かけますがユングとフロイトという精神学考察は見かけた事ないですよ!(笑)
            ただコードギアスや進撃ほどの心の深層世界を抉った作品なら、その考察も頷けますよ。
            いつもありがとうございます!

            管理人アース

            • 井筒孝庵 より:

              こんばんは。

              書き記そうというものが頭の中にあるんですが、どう書くかというところがなかなか難しくて、アース団長、コダヌキオタヌさんから返信を頂き、インスパイアされています、ありがとうございますm(__)m

              >> コードギアスが《ユング》であるなら、進撃の場合は《フロイト》になるだろう

              > コードギアスと進撃の類似点はネット上でもたまに見かけますがユングとフロイトという精神学考察は見かけた事ないですよ!(笑)ただコードギアスや進撃ほどの心の深層世界を抉った作品なら、その考察も頷けますよ。

              ホッとε-(´∀`; )

              ありがとうございます(*^ω^*)

              作品を解釈するとき、尺度/基準になるものが要るので、それは有用であるとともに逆に作品解釈を狭めるということがあり、難しさがありますが、書いてしまいますね(*^ω^*) ← 清水の舞台から飛び降りる気分、飛び降りたことないけど

              ・・・

              フロイトの無意識、心の構造としての「イド・自我・超自我」を尺度として持ち出します。

              (それらは精密科学、例えば物理での運動量や位置などに比べて、アバウトです。今後の脳科学や情報科学の進展が期待される領域です)

              イド・自我・超自我については、検索してあたってみてくださいね(笑

              もとい、丸投げはよろしくないので、幾つかの側面から、これらを切り出します。

              イド・自我・超自我とは何か?

              まず、イドとは、《原初的欲求》のことです。← ここは確定させていいとこです

              【切り口・その1〜イド・命令・受容】

              ・ この場合、超自我とは命令です。規範や行動基準に相当します。

              ・ 命令は他者により下されますが、自我=自分は折り合いをつけて、自身への命令へと翻訳します。納得してのことです。ただし、納得=受容のプロセスで、納得できない部分があるとそこに内的な確執、葛藤、ジレンマが生じます。

              【切り口・その2〜子供・親・大人】

              ・ この場合、イドは子供です。制約を受けない欲求。お腹が空けば泣く等。

              ・ 超自我が親。子供に命令を発します。大人は自我ですが、自我に至る過程で発生するのが親への反発です。抽象的には、超自我と自我との確執です。

              ・ 超自我は、作中では例えば典型的に、ジークに対するグリシャ、ライナーに対するカリナ、などですね。

              ・ 《問》 なぜ作中後半で、始祖ユミルやエレンは、子供として描かれているのか? ラスト、ユミルは大人なのか?

              【切り口・その3〜イド・選択・悔いなき選択】

              ・ 闘争を運命的に強いられる進撃世界では、多面性のあるイド(原初的欲求)でも浮かび上がるのが生存欲求です。戦え、となります。

              ・ 自我は、まず世界は「残酷」であると認識します。超自我は、自ずと戦うことを設定します。しかし自我は、同時に世界は美しくあって欲しいと夢みます。美しいというのはきれいという意味ではなく、増えるために戦う、存在するということは、ただそれだけではない、ということです。(← 座標でのアルミンとジークの対話)

              ・・・

              《まとめ》

              ◉ フロイトのイド・超自我・自我は、設定として進撃では明示されていません。この点では、コードギアスがユングの集合的無意識(Cの世界)を前提にしているのと異なります。

              ◉ SF設定についての推測は、作品解釈の幅を狭めます。上記はフロイトの学説を援用してみると、どうなるだろうか? ということです。

              ◉ とはいえ、その学説からの類推は、個人的には当たらずとも遠からず、なのではないかと思っています。

              SF作品の古典的名作、「禁断の惑星」に続きます(*^ω^*)

              ps

              書き記しておきたいことは、概ね記しましたので、後は補足または、余談という感じです。

              ーーーーーーーーーーーーーー

              • >イドとは、《原初的欲求》のことです。
                これ、イメージ分かります。
                イド=井戸として村上春樹氏の「ノルウェイの森」に「落ちてしまうかもしれない井戸」が登場し、上手いななんて学生時代に感じのを思い出しました。
                諫山先生の作品「進撃の巨人」自体が無意識下から生まれた作品のようにも感じますよ。
                メッセージとしてそれらが表現されている、というよりも諫山先生の無意識下に眠っているものから作品が生まれたような。
                それくらい、不思議に全てが繋がっているように感じます。
                ただ頭で計算されて組み立てられただけではなく、それだけではない作品という意味で。

                まさに稀有な作品だな、と改めて感じています。

                管理人アース

              • コダヌキオタヌ より:

                 アースさん、上から失礼致します。コダヌキでございます。    

                 井筒考庵さんへ。

                 >アース団長、コダヌキオタヌさんから返信を頂き、インスパイアされています、
                ありがとうございますm(__)m

                 こちらこそ、丁寧なお返事を下さり有難うございます。考察する度に己の知識不足
                を再確認していいる状態です。拙い考察ですが、僅かでもお役に立てれば嬉しいです。

                 フロイトの学説は、【進撃の巨人】の世界観と重なりますね。↓で説明して下さっ
                ている愛の形の二重構造とフロイトの解説が分かり易く、何度も頷きました。特に
                ↑のフロイトの学説は【進撃の巨人】を解説するのにピッタリですよ!

                 アースさんのコメントと被ってしまいますが、諫山先生は緻密に計算した設定だけ
                でなく、フロイト的世界観を感性で理解して描いてるようなところがありますね。

                 失礼致しました。
                 

              • 井筒孝庵 より:

                こんにちは。

                続きです。

                URL省略。
                (映画ウォッチ、「禁断の惑星、ネタバレあらすじ結末と感想」)

                > 1956年アメリカ映画。フロイトの学説を取り入れたSF映画の古典。ストーリー自体はシェイクスピアの「テンペスト」がヒントになっている。召使として出てくるロボット・ロビーが話題を呼び、長く親しまれる人気キャラクターとなった。

                ロボット・ロビーの造形の影響はとても大きくて、もしもそれがなかったら、漫画やアニメの画期と言える鉄人やアトムが世に出ることはなかったとは思いませんが、何年か遅れることになったかもしれません(笑

                ロボット・ロビーはアシモフのロボット工学三原則に従っているので、執行できない命令を受けると混乱します。

                イド(原初的欲求) ーーー 超自我 ーーー 自我

                《問》 一人の人物の超自我と自我とから、超自我と自我の対立のもとで、《二つの命令》が出ていたら、どうなるでしょう?

                《答》 喩えると「ファイトクラブ」(1999)ですよね。まず大もとにアイデンティティの危機。そこから派生して、矛盾に直面した時の人工知能の危機。

                《問》 何が問題で、どう解決されるのだろう?

                《答》 物語のネタバレを回避しつつ、構造を図式的に示すと、

                イド ーー(増幅装置) ーーー 超自我 ーーー 自我

                ・イド(原初的欲求)を満たすだけでなく、増幅して実現する、更には支配する、更には全てを滅ぼせる潜在能力、それを備えた「増幅装置」が、万能性を通じて超自我を拡大させます。特に無意識の領域で。

                ・ 自我は相対的に後退しているので、自分の周りで何が起きているか、自分が何をしているのか、をうまく自覚できません。超自我と自我とが対立しているとも気づかない(おかしいと思わなければ悩みもしない)。

                ・ 問題の所在は、超自我の圧倒的優位(自我の圧倒的劣位=抑圧)とそれを助長した(SF設定としての)増幅装置です。増幅装置は、禁断の惑星では異星人の古代遺跡ですが、進撃ではハルキゲニアです。

                《問》 (再掲)その問題は、どう解決されるのだろう?

                《答》 自我の《回復》によって、となるでしょう。

                ・ 「成長」の物語は、自我と超自我の獲得です。

                ・ 始祖ユミルの場合は、失われた自我の回復となるでしょう。ミカサの場合は、自我に不安定性がありますがそれがあるので、成長と自我の回復の両方です(私見)

                《問》 始祖ユミルについて、どうしてそういう捉え方をするのだろう? (自問自答)

                《答》 始祖ユミルの性格が謎だからです。

                ・ 悪魔と良い子とで大きな幅があり、最初悪魔→最後良い子では、違和感を覚えます。(悪魔は容易に改心しない) 最初良い子(愛に深く悩むだけ)→ 最後良い子(本当の愛を知る)もまた、途中での悪魔的振る舞い(虐殺0K、ストッパーズを試す・虐げる)に違和感を覚えます。

                ・ 最初普通/良い子→ 巨大な力の獲得と自我の喪失 → 自我の回復の開始(エレンによる救済)→ 自我の回復(ミカサによる救済) → 最後普通/良い子 という段階を踏んでいるとすると、性格の謎が分かるように思われます。

                ・ もう一つ、悲劇の構造として、良い子 → 闇落ち → 救済 → 良い子 (でも後の祭りでいろいろ取り返しがつかなくてっていて、ハッピーエンドにはならない) というのが、一般的な構成パターンです。シェークスピア悲劇もギリシア悲劇も、ダースベイダーも。

                ・・・

                フロイトの学説で解釈を押そうと思ってはいませんが、フロイトの精神分析(≒心の縛りを解く)のあらましを記してみると、

                《フロイトの解決方法》

                ・ 無意識の内にあるものを、言葉によって、意識に移してみる。

                ・ そうすると、自分が行動している原因、葛藤の原因が次第に分かってくる。

                ・ 意識化しようとしないと、原因は無意識的な行動と葛藤の内に抑え込まれているのでいつまでたっても分からない。

                ・ 無意識を意識に移すと、原因究明を通じて、病的な葛藤を正常な葛藤に変換できる可能性が出でくる。すると行動も変わる。

                《始祖ユミルの場合》

                ・ 座標に行ってからずっと無意識で振舞っている。

                ・ フリッツ王は、ユミルの超自我に相当。命じるものであり権威であり、従うことが絶対的な行動基準。更に超自我の命ずる従属が、愛するもののためであり、愛される続けるためであると信じる(自我が自分に言い聞かせる)なら、超自我は一層動かし難いものとなる。

                ・ しかし、ユミルにも自我があるから、無意識下ではそれに抵抗を試みる。激しい抵抗の現れが、苛烈な自由意志であり自身の分身である進撃の巨人。進撃は始祖の支配を受けない。始祖が超自我であり、進撃は、自身の超自我と戦う抑圧された自我であるから。

                ・ 始祖ユミルは囚人と看守を一人二役で兼ねている。囚人が抑圧された自我(自由意志)。看守が隷属を命じる超自我。しかし、ユミルは、無意識化にあるので、自身の一人二役、自分で自分を監禁しているとは全く思っていない。というか、そういうことは全く考えない。

                《エレンが果たした役割》

                ・ ユミルに大きな転機が訪れるのが、座標でのエレンとの接触、第122話「二千年前の君から」。そこで何が起こったか? と言えば、無意識下に置かれていたユミルに、意識が戻ってきたということ。そして、命令としての超自我で、王の命令は絶対的だったはずが、それに背く/叛くという行動に出たこと、つまり、上述のフロイトの解決方法と対応させてみると、「無意識下の出来事が意識化され、ユミルが自身でようやく考え始めた」ということになります。

                ・ 振り返るとエレンとユミルの接触は、そこですぐに処方箋が与えられるというものではありませんでした。最終的には、ミカサとユミルの接触を通じて、ユミルは自らの抱える長き葛藤を、最終局面で自身の手により転換/変換/昇華を果たしたとなるのでしょうが、もしもエレンがユミルに接触していなかったら、ユミルには愛の形など全く意識できていない(はずな)ので、エレンが果たした役割はとても大きいです。

                ・ 相互参照のループ構造で捉えると、(平たく対比) 第122話の座標でのエレンによるユミルの救済は、第66話「願い」の地下礼拝堂でのクリスタのよるエレンの救済と、強く関連していると思っています。助けたいという行動原理が同じ。ユミル2000年史の、最後の女王→ 救済→エレン→救済→最初の女王。女心の理解では全くないですね。それはジークの方がよほど長けているし、エレンは全くの無能力者。

                ーーーーーーーーーーーーーー

                フロイトの学説

    • ハリウッド情報ありがとうございます!

      >進撃実写版は、2022年にクランクイン、2024−5年に劇場公開かなぁ(*^ω^*)
      かなり先になりそうですね。
      コロナの影響等で遅くなっているのかなぁ。

      >最終話がコードギアスオチという批判的文脈で捉えられていた
      主人公の闇落ち展開ですね。
      アースもこう言われるであろう、と感じていたので「エレンの真意は別にある」と考えていた時期がありました。
      エレンの展開はどうしてもこう言われちゃいますよね。
      全く前出の無いオリジナル展開なんて無理なので、何をやったって何かを言われるのでしょうが(;´Д`)
      進撃のハリウッド映画、楽しみです!

      管理人アース

    • 井筒孝庵 より:

      こんにちは。

      連投失礼しますm(_ _)m

      連想と妄想で話があちこち飛んでしまっていますが、話の収斂先/着地/主旨がどこにあるのか、示しておきます。

      ◉ 進撃世界で描かれている悲劇、その構造の特殊性

      ◉ 始祖ユミルの性格の規定と、エレン・ミカサが果たす役割

      これらに収斂させますが、幾つかの段取りが必要で話が長引いてしまう(´∀`; )

      ・・・

      以下では次の二つのことを書き記しますね。段取り。

      1) コードギアスと進撃の巨人の設定の、類似と相違

      2)加筆の最期の2ページ(廃墟と大樹と少年)とループ説

      まず1)ですが、コードギアスの設定は、かなり面白いです(*^ω^*) (一方の評価を上げるために競合しそうな他方の評価を下げるような真似をする必要?は全くありません(笑 )

      その世界構造は、こうなっています(↓)。委細省略。

      時空の管理者 ーーー Cの世界 ーーー コード保持者 ーーー ギアス能力者

      ・ Cの世界とは《集合的無意識》のことで、設定のSF的元ネタになるのは《ユング》の仮説でした。

      進撃の世界構造は、こうでした(↓)。比較のためどちらも簡略化しています。

      始祖ユミル ーーー 座標 ーーー 始祖の巨人 ーーー 知性巨人

      ・ コードはCの世界へのアクセス権です。進撃で座標へのアクセス権を持つのが始祖の巨人。コード≒ 始祖の能力ですね。不戦の契りはコードの改変(アクセス権の剥奪)に相当。ギアス能力者≒知性巨人。

      ・ 相違点も多々あり。特に能力の継承では、ギアスは指名、巨人は捕食。この継承の相違は、設定を物語に落とし込む時、劇的な違いをもたらすわけです。コードの奪取は始祖の巨人の捕食とほぼ同じ。

      ・ 進撃と対比されるコードギアスですが、設定上の構造的な大きな違いは、時空の管理者と始祖ユミルの箇所でしょう。コードギアスでは、時空の管理者は超越者ですが漠たる存在です。これは二つの物語に違いをもたらす決定的な要素といってよいでしょう。

      ・ ルルーシュがCの世界でギアスを発動して時空の管理者に願うのと、時空の管理者が何か悩みを抱えていてそれをルルーシュ(とC.C)解決するのとでは、全く違いますよね。超越者を巡る設定上の違いは、物語に顕著な違いをもたらしています。

      ・ 両作品の類似性として俎上に載る、主人公の「闇堕ち」ですが、著名なアナキン・スカイウォーカーさんが闇堕ちしているので、特筆すべき顕著な類似とはあまり思っていません。

      ・ また、自身を討たせる/討つ「自己犠牲」ですが、進撃の場合はその計画に大きな不確実性(ストッパーズ次第、ミカサ次第)がありますが、続編の復活のルルーシュに見られる通り、ルルーシュはVVコードを奪取したことにより、その死は復活(=コードによる不老不死の獲得)のために必要なプロセスとみなせて、復活なしのエレンの死とは大きく違っています。

      《まとめ》

      ◉ 進撃とコードギアスのSF設定を比べると、超越者の取り扱いの違いが、物語の構造に大きな違いをもたらしています。(進撃では超越者もまた当事者ですね)

      ◉ 闇堕ちや自己犠牲については類似性が認められますが、闇堕ちは珍しくないことであるし、自己犠牲もその担う意味がかなり違うので、類似性は本質的ではなく表面的なものと言えるでしょう。

      ・・・

      加筆のラスト2ページ(廃墟・大樹・少年)のループ考察に続きます。

      ーーーーーーーーーーーーーー

      • 井筒孝庵 より:

        続きで、加筆ラスト2ページ(廃墟・大樹・少年)とループ考察。

        ラストの2ページをどう解釈するか? ですが、

        まず、群像劇として観たとき、← ループとかにあまり拘らない読解

        寓意や警鐘といった捉え方ができるのでしょう。例えば、

        ・ 歴史は繰り返される。ヒトは過ちを繰り返す。巨人の力の有無には依らない・・

        ・ 争いはなくならない、という進撃の巨人の一つのモチーフの反復。(エレンとピクシス司令の対話、アルミンとアニの対話など)

        ・ どう受け止めるかは読者次第。それぞれに考えてみるのもいいでしょう・・ (諫山先生からのメッセージ要素) (GOTのラストではこれをやっています)

        ・・・

        ループ説やループ設定、ループ推しの視点からだと、

        ラスト2ページはまさに、ループを示唆している、という受け止め方になるでしょう。

        覗きユミル・槍フリッツのシーンをループ解釈すると、ラスト2ページは収まりがよいとなってきます。(ループか!? → ああやっぱりループか・・という連想の自然な繋がりで)

        ・・・

        ループ設定として捉えてみると、別な面白さがあります。

        別トピックで記した「始祖ユミル復活周期説」では、

        x 始祖ユミル誕生 ー(2000年)ー x 始祖ユミル休息 ー(2000年)ー x 始祖ユミル復活 ー(2000年)ー x 始祖ユミル休息 ーー・・

        誕生から休息、復活、休息、復活を2000年間隔で繰り返し、加筆ラスト2ページは、始祖ユミルの最初の復活を示唆する不穏なものとなります。

        一方、周期的復活を繰り返すのは、始祖ユミルでなくて光るムカデ(=大地の悪魔/ハルキゲニア)でもいいわけです。実際、ハルキゲニアがどうなったのかは分からないので。この場合、歴史がとても長くなります。(← 明日本さんと同じ見方)

        (太古)・・ーー x 光るムカデ再活動 ー(2000年)ー x 光るムカデ休息 ー(2000年)ー x 光るムカデ再活動 ー(2000年)ーx 光るムカデ休息 ーー・・

        ・ 始祖ユミルでなく光るムカデの方がいいかもしれません。始祖ユミル復活周期説は、群像劇的な解釈であるユミルの成仏/未練の払拭と折り合いがよくないので。

        ・ 後者の「光るムカデ復活周期説」だと、埋葬したエレンの頭部に光るムカデだ取り憑いていて、墓碑銘のエレン居眠りにつくは、休眠/休息の暗喩になっているということに。

        ・ 犬を連れた少年がどうなるか?はわかりません。仮に、再びハルキゲニアが取り憑いたとしても、ハルキゲニアを「潜在意識の増幅装置」のように捉えてみると、新しい始祖がどういうものか?は、少年次第と言えそうです。

        ・ 大樹の放つ気配は不穏であるけれど、接触のその先には新たな希望が紡がれる可能性もある・・ギリシャ神話で擬えると、ハルキゲニアは「プロメテウス」、それがヒトに与える力は「火」に相当するのかもしれません。

        URL省略。
        (Wiki、プロメテーウス)
        > プロメーテウスは・・ヘーパイストスの作業場の炉の中にオオウイキョウを入れて点火し、それを地上に持って来て人類に「火」を渡した。人類は火を基盤とした文明や技術など多くの恩恵を受けたが、同時にゼウスの予言通り、その火を使って武器を作り戦争を始めるに至った・・

        ーーーーーーーーーーーーーー

        • コダヌキオタヌ より:

           失礼致します。コダヌキでございます。            

           アースさんの「主人公の闇落ち展開ですね」を読み、確かにダースベイダーの話も
          あるしなぁと思いつつスクロールした後、

          >著名なアナキン・スカイウォーカーさんが闇堕ちしているので

           に思わず吹き出し、脳内でダースベイダーのテーマが響きました。件の作品は細切
          れ程度にしか見ていませんが、ハリウッドの影響力の強さを感じました(笑)。

           私は、ミカサと始祖ユミルが似ているとの考察に同感です。
           遊びの範疇での「異説」もあります(笑)。私も始祖ユミルの性格を判断出来ず、断
          言出来ないところですが。
           親を殺され、望んでもいない能力に目覚めた二人。ミカサがアッカーマン家の能力
          に覚醒したのは両親や自身の命の危機ではなく(人買いを刺せないと震えていた)、
          エレンの「戦え」という『命令』でした。始祖ユミルもフリッツ王の『命令』に逆ら
          えない状態でした。舌を抜かれて心理状態を言葉に出来ない始祖ユミルが、自身の心
          情や境遇を「辛かったね」と共感・肯定してくれる人に巡り合うには、自分に似た境
          遇で同性のミカサが最適だったのだと思います。勿論「恋敵」説も大いにあります!
          エレンとフリッツ王を同一視していたの考察は目から鱗が落ちました。「待ってたん
          だろ」と言われた始祖ユミルの表情が、初見とは違ったものに見えてきそうです。 

           頭痛に関してです。
           覗き見というマナー違反の上に痛みも与えていた始祖ユミルはやはり怖い人?
           執着(ミカサのエレンへの恋愛感情ではなく、彼を守る行為への執着)を捨てて精
          神的に自立するには、痛みを伴う事が避けられないとの暗喩的な描写?
           映画【セブン】で、ジョン・ドゥが「人に話を聞いて欲しければ肩を叩くな。ハン
          マーを使え」と朧に記憶しています。普通なら警察案件ですが、話せないユミルがミ
          カサに「私に気付いて」と言う代わりに頭痛を与えていたのか?
           う~ん、悩ましい!諫山先生に「後は自分で考え下さい」と言われているようです。
          最終ページの巨大樹の描写のように。

           『大地の悪魔』は光るムカデに寄生していたと考えています。『大地の悪魔』自体
          は生物であり、それを兵器にしたのは人間です。火で他者の為に料理を作れる人間が
          いれば、その火で歴史の記録を焚書し他者を焼き殺す人間もいる。
           両目を前髪で隠した何も知らないであろうあの少年が、『大地の悪魔』を兵器に
          するのか、荒廃した楽園を民衆が自らの頭で考えて行動出来る国へと生まれ変わらせ
          るのか。
           火の使い道を選ぶのはプロメテウスではなく、人類が未来の子孫達の為に選ぶ。強
          大な力を見つけた時、それを善に使うのか悪に使うのかは、読者一人一人があの少年
          を通して考え選び、最終ページに意味を与えて下さい。そう諫山先生に言われている
          ようです。

           長くなり済みません。映画情報を有難うございます。
           失礼致しました。

           

          • 井筒孝庵 より:

            コダヌキオタヌさん:

            こんにちは。

            返信頂きありがとうございます(*^ω^*)

            進撃の物語の自分なりのまとめの途中で、ロスな感じが全くしていません。 ん?未だに拘っているのがロス症状なのかな(笑

            完結した進撃の物語にはとても満足していて、冬からのアニメが今から楽しみです。スチルの漫画では描ききれないアニメならではの躍動感、臨場感を、落ち着いた気分で堪能したいです(*^ω^*)

            ・・

            > アースさんの「主人公の闇落ち展開ですね」を読み、確かにダースベイダーの話もあるしなぁと思いつつスクロールした後、
            >> 著名なアナキン・スカイウォーカーさんが闇堕ちしているので
            > に思わず吹き出し、脳内でダースベイダーのテーマが響きました。件の作品は細切れ程度にしか見ていませんが、ハリウッドの影響力の強さを感じました(笑)。

            ハリウッドの影響力は大きいですよねー。

            エピソード3で、ジェダイ・テンプルでアナキンが大勢の子供パダワンを虐殺するところとか、やり過ぎに思えて悩みました・・“アナキン・・諦めずに探そう! 他の道がないか・・!”

            > 私は、ミカサと始祖ユミルが似ているとの考察に同感です。遊びの範疇での「異説」もあります(笑)。私も始祖ユミルの性格を判断出来ず、断言出来ないところですが。親を殺され、望んでもいない能力に目覚めた二人。ミカサがアッカーマン家の能力に覚醒したのは両親や自身の命の危機ではなく(人買いを刺せないと震えていた)、エレンの「戦え」という『命令』でした。始祖ユミルもフリッツ王の『命令』に逆らえない状態でした。舌を抜かれて心理状態を言葉に出来ない始祖ユミルが、自身の心情や境遇を「辛かったね」と共感・肯定してくれる人に巡り合うには、自分に似た境遇で同性のミカサが最適だったのだと思います。勿論「恋敵」説も大いにあります!エレンとフリッツ王を同一視していたの考察は目から鱗が落ちました。「待ってたんだろ」と言われた始祖ユミルの表情が、初見とは違ったものに見えてきそうです。

            《命令》というのが(作品解釈の)キーワードになりそうですよね。

            命令を受け入れて従う・・典型的にフリーダもそうでしたし、命令を社会的な期待/要請まで広げてみると、アニやライナー達もそうでした。

            命令をハナから受け付けないのがエレンでしたが(笑 命令を途中まで受け入れながら土壇場で拒絶/反逆したキャラもあって、一人がジークであり(命令者がグリシャ)、もう一人がクリスタでした(命令者がレイス)。共通点は父に逆らうかな。

            作中で興味深いキャラが「ウーリ」でした。ウーリは、命令に従うけれど、盲目的/無意識的に従っているのではなくて、自覚的/意識的で、それ故に、苦悩を抱え込んいる。そのウーリを(なぜか)理解したのがケニーでしたが、直観的に、

            ウーリと座標での始祖ユミル、ケニーと座標で後ろ抱きしたエレンは、似ていると観ています。

            闇堕ちユミル(従属) ーーー ウーリ ーーー 元々のユミル(解放)

            ・・・

            > 頭痛に関してです。覗き見というマナー違反の上に痛みも与えていた始祖ユミルはやはり怖い人?執着(ミカサのエレンへの恋愛感情ではなく、彼を守る行為への執着)を捨てて精神的に自立するには、痛みを伴う事が避けられないとの暗喩的な描写?
            映画【セブン】で、ジョン・ドゥが「人に話を聞いて欲しければ肩を叩くな。ハンマーを使え」と朧に記憶しています。普通なら警察案件ですが、話せないユミルがミカサに「私に気付いて」と言う代わりに頭痛を与えていたのか?う~ん、悩ましい!諫山先生に「後は自分で考え下さい」と言われているようです。最終ページの巨大樹の描写のように。

            《救済》も(作品解釈の)キーワードになるように思えています。

            ミカサの頭痛は、ユミルからミカサへの救助信号なのかもしれません。ユミルは救助信号をもう一つ発していて、隷属の逆の自由意志、その化身である進撃の巨人、そしてそれを受肉/受胎したエレン。

            ユミルの救済には、エレンを必要とし、最後に決定的にミカサを必要とした・・二段階の救済救出劇なのだろうと観ています。

            同時に、並行している救出劇が、ミカサによるエレンの救済で、それは愛するものを自由にするために愛するものを失う/自らの手にかけるという悲劇でした。

            ◉ 救済の二重構造。 括弧が二つ。救済が入れ子になっています。入れ子もまた広い意味でのループと言えます。(再帰構造)

            【ユミルの救済 ーーーーーーー (エレンの救済)】

            ◉ 悲劇の二重構造。同様です。

            【ユミルの悲劇 ーーーーーーー (ミカサの悲劇)】

            ・ ユミルの悲劇は、時間軸上で開いた悲劇の物語となってしまって2000年の幕を下せません。

            ・ 時間軸の右端でエレンとミカサの物語が進行し、悲劇的に幕を下ろす。

            ・ 二人はユミルの悲劇という劇中での主役であり(二人の2000年後の君)、その悲劇が幕を下ろすとき、ミカサによるエレンの救済→エレンによるユミルの救済という連鎖によって、ユミルの悲劇が幕を下ろす。

            物語の構造/プロットをこんな感じで推測しています。

            ・・・

            > 『大地の悪魔』は光るムカデに寄生していたと考えています。『大地の悪魔』自体は生物であり、それを兵器にしたのは人間です。火で他者の為に料理を作れる人間がいれば、その火で歴史の記録を焚書し他者を焼き殺す人間もいる。両目を前髪で隠した何も知らないであろうあの少年が、『大地の悪魔』を兵器にするのか、荒廃した楽園を民衆が自らの頭で考えて行動出来る国へと生まれ変わらせるのか。火の使い道を選ぶのはプロメテウスではなく、人類が未来の子孫達の為に選ぶ。強大な力を見つけた時、それを善に使うのか悪に使うのかは、読者一人一人があの少年を通して考え選び、最終ページに意味を与えて下さい。そう諫山先生に言われている
            ようです。

            全く同感です(*^ω^*)

            引き続きよろしくお願いします。

            ーーーーーーーーーーーーーー

            • コダヌキオタヌ より:

               度々失礼致します。コダヌキでございます。

               井筒考庵さんへ。
               とても丁寧なお返事を下さり、有難うございます。フォースと共にあらんことを。

               <《命令》というのが(作品解釈の)キーワードになりそうですよね。

               同感です。医学には全くの素人の私見です。
               【進撃の巨人】では、脳脊髄液・脊髄・背骨の他に脳が鍵になっているようです。
              能力覚醒時のミカサの脳の描写、アニメ放送時に地下洞窟で記憶を刺激されたエレン
              のニューロンや、FinalのEDでも『道』をニューロンに似せたような映像があります。
               エルディア人の意思や行動を司る脳に、巨人の力が影響しているのでしょう。そし
              て、脳の演出が、エルディア人のみならず他の人類も何かに支配されたり何かの奴隷
              である事を重ねているのだと考えます。

               壁内世界・レべリオ収容区・壁外世界。いずれも情報を遮断され、支配層にとって
              都合の良い歴史を刷り込まれ、互いに戦うように仕向けられています。奴隷と自覚せ
              ぬまま、自分で考えて決断した思っていた道が実は支配層が敷いたレールだった。奴
              隷状態を嫌悪したエレンとて、最期迄ユミルの民の血や運命の奴隷でした。

               例外はウーリでしょうか。他のキャラと違い、奴隷の境遇を理解して受容していま
              す。彼は『地鳴らし』の未来を知りながらも、奇跡を信じていました。「あの時の奇
              跡を信じている」の奇跡は、人類同士が罪を許し合い手を取り友人になれる日の到来
              だと読解しました。理想論かもしれませんが、残酷な作品世界への救済の言葉とも受
              け取れます。ジークとは違う意味での「唯一の救い」です。
               ウーリの理解者であったケニーは、友人としてウーリを支える事で、本来アッカー
              マン家が果たすべきだった務めをやり遂げられたのだと思います。

               ウーリとケニーは互いを救い、ミカサはエレンを介して始祖ユミルを執着から救い、
              同様に始祖ユミルもミカサを救った。相手を救う事で自らも救われる二重の救済。
              重なる描写は、井筒さんが仰る通りの『入れ子』です。私も以前は作品世界を応量器
              に当てはめていました。
               そして、壁内世界、レべリオ収容区、壁外世界。それぞれが支配、命令、服従、加
              害と被害の連鎖、奴隷の境遇に囚われ、各々の状況が三重の壁のように『入れ子』と
              なっています。脳の描写が支配諸々を表すなら、その脳でウーリの言う奇跡を信じる
              事もまた可能です。残酷な描写が多い【進撃の巨人】から、希望や救済を読み取る事
              も出来るのかもしれません・・・って、少し理想家過ぎましたね(笑)。

               一つ一つのコメントに丁寧な返信を頂き、有難うございます。
               あ!夕飯を用意せねば!失礼致しました。

              • 井筒孝庵 より:

                コダヌキオタヌさん:

                こんにちは。

                > フォースと共にあらんことを。

                (*≧∀≦*)

                >> 《命令》というのが(作品解釈の)キーワードになりそうですよね。

                > 同感です。医学には全くの素人の私見です。【進撃の巨人】では、脳脊髄液・脊髄・背骨の他に脳が鍵になっているようです。能力覚醒時のミカサの脳の描写、アニメ放送時に地下洞窟で記憶を刺激されたエレンのニューロンや、FinalのEDでも『道』をニューロンに似せたような映像があります。

                ファイルのED(衝撃)の映像、改めて視聴してみました(*^ω^*)

                神経細胞が脳内での適切な居場所を求めて移動する様子/方法が、最近詳しく分かってきたようで、トランスロケーションやマイグレーションといったかなり躍動的な移動がED映像を想起させます。

                > エルディア人の意思や行動を司る脳に、巨人の力が影響しているのでしょう。そして、脳の演出が、エルディア人のみならず他の人類も何かに支配されたり何かの奴隷である事を重ねているのだと考えます。

                エルディア人に限りませんよね、同感です。それぞれに縛られていて(拘束されていて)、程度によっては奴隷に擬えられる。

                > 壁内世界・レべリオ収容区・壁外世界。いずれも情報を遮断され、支配層にとって都合の良い歴史を刷り込まれ、互いに戦うように仕向けられています。奴隷と自覚せぬまま、自分で考えて決断した思っていた道が実は支配層が敷いたレールだった。奴
                隷状態を嫌悪したエレンとて、最期迄ユミルの民の血や運命の奴隷でした。

                脳は、世界を写し取り、またそれを映し出す器官だと観ていますが、

                本当の世界 ーーー→ 脳 ーーー→ 脳が捉えた世界

                脳の捉えた世界は、ありのままの本当の世界ではありません。脳が解釈した世界。(← 養老孟司さんの唯脳論的な見方)

                脳による解釈とは、情報処理ですが、情報には選択のバイアスがかかっていて、また処理の仕方にもくせがあります。

                どういう情報をどう処理するかによって、世界が違って見えてくることになります。

                個々人の観ている世界が違うので、意思疎通を図って合意を形成しようとしますが、

                逆に、何がしかの操作によって、個々人の脳が似たような世界を観てしまうということも起こり得ますよね。(カルト集団の共同幻想や、戦時での群衆心理のシンクロとか)

                > 例外はウーリでしょうか。他のキャラと違い、奴隷の境遇を理解して受容しています。彼は『地鳴らし』の未来を知りながらも、奇跡を信じていました。「あの時の奇跡を信じている」の奇跡は、人類同士が罪を許し合い手を取り友人になれる日の到来
                だと読解しました。理想論かもしれませんが、残酷な作品世界への救済の言葉とも受け取れます。ジークとは違う意味での「唯一の救い」です。

                同感です(*^ω^*)

                自分でいろいろ考えを整理していて、ウーリの存在というものがが改めてとても気にかかりました。

                ウーリとケニー、ケニーとリヴァイの第69話「友人」は、ちょうどポケマガでカラー版が無料になっていて、幾度か読み返しています。

                唐突に見えたハンジやアルミンらの行動原理は、王政篇でのやや外伝的と思えるエピソードにしっかりと描かれていたように思えています。

                > ウーリの理解者であったケニーは、友人としてウーリを支える事で、本来アッカーマン家が果たすべきだった務めをやり遂げられたのだと思います。ウーリとケニーは互いを救い、ミカサはエレンを介して始祖ユミルを執着から救い、同様に始祖ユミルもミカサを救った。相手を救う事で自らも救われる二重の救済。重なる描写は、井筒さんが仰る通りの『入れ子』です。私も以前は作品世界を応量器に当てはめていました。

                失わなければ得られない、という個にとっての厳しさも、救済の繋がりという背景を重ねるとお互いに与え与えられるの関係となり、その関係を通じて個にとっての喪失に回復がもたらされているとい思いました・・ミカサはエレンを失ったが失ってはいなかったと。

                > そして、壁内世界、レべリオ収容区、壁外世界。それぞれが支配、命令、服従、加害と被害の連鎖、奴隷の境遇に囚われ、各々の状況が三重の壁のように『入れ子』となっています。脳の描写が支配諸々を表すなら、その脳でウーリの言う奇跡を信じる
                事もまた可能です。残酷な描写が多い【進撃の巨人】から、希望や救済を読み取る事も出来るのかもしれません・・・って、少し理想家過ぎましたね(笑)。

                ラスト2ページでの少年のシーン。巨大樹は巨人の力の復活の不吉な予兆のように見えながら、少年はウーリの奇跡を体現できる者かもしれません。ユミルがフォースの覚醒で、エレンが最後のジェダイで、少年は・・スカイウォーカーの夜明け。

                > あ!夕飯を用意せねば!失礼致しました。

                夕飯時の後に返信入れてみました(*^ω^*)

                ーーーーーーーーーーーーーー

      • 井筒孝庵 より:

        こんにちは。

        進撃の物語には救済と悲劇のそれぞれに二重構造がみられると申し上げましたが、

        少し補足しながら138話「長い夢」のループ構造について改めて考えてみます。

        《愛の形》がキーワードになっていたのでそれを使い、愛の形の二重構造です(↓)。

        《図1》

        【 ユミルの愛の形 ーーーーーーー 【ミカサの愛の形・・ ・

        ユミルの愛の形は、宙ぶらりんになっています。執着し未練を残す状態。ミカサの愛の形(エレンに対してどうするか?)は、138話まで決まっていませんでした。このため図での二人の愛の形には、終端となる右括弧(】)がなく、開いたままです。

        ・・・

        次に、138話のミカサの「長い夢」を図式化すると、

        《図2》

        【【・・【ミカサの長い夢】・・】

        ミカサの長い夢は、【ミカサの長い夢】として完結しているようでいて、振り出しに戻って繰り返します。(控え目には、繰り返すように見て取れます)

        ループ設定的には、無限ループに入るということになります。《図1》と《図2》を重ねると、

        《図3》

        【ユミルの愛の形 ーーーーーーー 【ミカサの愛の形の無限ループ】・・

        ミカサの愛の形は、閉じていてもループの形なので、終わっていないということでは、図3は図1と違いがなく、ユミルの愛の形は未解決で右端括弧】のない、開いたままです。

        そして、長い夢の後のミカサによるエレンの斬首が愛の形の「その2」で、これにより、ミカサの愛の形は完結しループを脱します。

        《図4》

        【ユミルの愛の形 ーーーーーーー 【ミカサの愛の形その2】・・(】?)

        ・ ミカサの愛の形はその2(愛するものを救うため愛するものを失う)によりループを脱しました。右端の括弧】で閉じます。

        ・ それでも、だから、ユミルの愛の形が右端の括弧】 が閉じるとは必ずしもなりません。

        ・ どういうことか?

        ・ 制御構造としてのループには条件が要ります。ユミルとミカサの「Do While」(条件を満たすまで繰り返す)のループ脱出条件が一般的に同じとは言えないからです。違っていて当たり前なのです。

        ・ でも、作中事実として、ミカサの悔いなき選択(長い夢その2)と同時に、巨人の力も始祖ユミルも消滅しているということは、二重構造のDo While の脱出条件が同じだったということになります。エレンを討つことが、二つの愛の形を完結させるわけです。

        《図5》

        【ユミルの愛の形 ーーーーーーー【ミカサの愛の形その2】】

        ・ エレンを討つと、巨人の力もユミルも消滅するというのは、ある意味シンプルです。エレンにそれらが集約されていたからなので。

        ・ ただし、エレンを討つという行動の《同型写像》を許すと、(← 見かけが違っていても、関係を通じて本質的には同じ、という捉え方をすると) それはユミルにとっては、フリッツ王への固執から自らを解放する(暗喩としてフリッツ王を見殺しにする)ことと、等価である、となります。

        《まとめ》

        ◉ アルゴリズム的なループ構造に注目してみると、という話です。

        ◉ 個人的には、ループ設定的な解釈を織り交ぜることで、最終話(+加筆)での愛による決着が、納得(← 自分が)できるように思われました。

        ・・・

        と同時に、

        《問》繰り返しDo While の脱出条件は、いったいいつ設定されているのか?

        という疑問が生じます。

        ミカサは自身のループ脱出条件を最後まで知ってはいませんでした。(正しい答えを選んだのではなく、受け入れ難い答えを否定している)

        《問》 始祖ユミルはどうだったのでしょう?

        ミカサ同様、最後の最後まで分からなかったと思います。

        最後の最後に知った、その時、二つのDo While の脱出条件が一致していた、と考えたいところです。分かっていなかったから、始祖ユミルは子供の姿であったのだろうと。また、脱出条件としての答えを予め知っているのなら、それが自覚できた時点で自らなんとかするでしょう。

        ーーーーーーーーーーーーーー

  5. HN忘れた より:

    祖ユミルが、自らが納得できる結果を見るまで、ループを続けさせた。
    なるほど、と思いました。

    34巻にわたる連載。
    諌山先生の結論は、連載当初のイメージからブラッシュアップを続け、いろいろと深みを増してきたのだと思います。この結論にたどり着いたことを読者に納得させるには、ここまで掘り下げた表現と時間が必要だったのだと思います。
    当初20巻ぐらいとおっしゃっていた連載がここまで長期に及んだ理由でもあるでしょう。

    進撃の巨人が脚光を浴び始めたころ、諌山先生は「商業連載として読んでもらえるようにすることが大切」ということを仰っていました。

    たしかに、読者に「面白い」と思い続けてもらえなければ、壮大なストーリーも表現の場を失います。

    様々な伏線を用い、的確に回収し、読者の予想の斜め上を行く展開を提供する。
    とてもデビュー作とは思えない作品でした。
    (初期の作画はデビュー作の雰囲気を持ってはいましたが)

    連載が終わってなお、これだけ多くの方の考察や感想を聞けて、新しい発見ができる作品です。

    この作品に出会えたこと、そしてこのサイトに出会えたことに、心から感謝しています。

    • >この作品に出会えたこと、そしてこのサイトに出会えたことに、心から感謝
      こちらこそずっと一緒に進撃を追い続けてくれたHN忘れたさんには、本当に感謝ですよ。
      たぶん、この記事のコメントが初めてですよね。
      103話「強襲」あらすじ考察!
      3年以上ずっと一緒に追い続けてくれたこと、本当に感謝です!m(_ _)m

      アニメや映画、何かしら興味深いイベントがあったら更新しますし、「呪術廻戦」は追っています。
      呪術廻戦考察!
      キングダム考察

      またぜひ声かけてください!(*^^*)

      管理人アース

  6. おおぞらバード より:

    私は少し前に 拙ブログに書きましたが、始祖
    ユミルの脳は 巨人の力で生き続けていると
    考えています。
    簡単に言うと、始祖ユミルの脳から発せられる
    特殊電磁波が ユミルの民の細胞に作用して、
    巨人化や記憶改竄、さらに「道」の世界を見せ
    ていたと思います。
    また、ミカサの頭痛も 特殊電磁波の強い現れ
    かと思います。

    最終盤、エレンは忌まわしき巨人の力を消し去る
    ためにミカサとの愛を犠牲にし、愛するミカサの
    手によって始祖が断ち切られました。
    このような形で始祖が絶えた事は、未だかつて
    無かったのだと思います。
    このエレンとミカサの律儀で純粋過ぎる選択が、
    始祖ユミルの脳に「システム修正」みたいな事を
    引き起こし、特殊電磁波が止まり巨人化が消えた
    と思うのです。
    これは「初投稿作0巻」の結末と繋がっていて、
    作者は「原点回帰」をしたのだと考えます。

    そして始祖ユミルは考えを改め、これまでの事を
    整理するために「休眠状態」に入った。
    だから始祖ユミルの姿が消えていく時「さようなら」
    ではなく「おやすみなさい」なのだと思います。

    しかし、物語は終わった訳ではありません。
    始祖ユミルの脳は停止したのではなく “休眠”に
    入ったに過ぎない。そして、
    『世界が再び巨人の力を求める時、始祖ユミルは
     眠りから覚め 巨人の力が復活する!』
    そうラストシーンで語っているように思うのです。

    • >始祖ユミルの脳は停止したのではなく “休眠”に
      入ったに過ぎない。

      これは読者によって分かれるところですね。
      諫山先生は「すべてが正解」と仰っていたので色々な解釈があると思います。
      ただ不穏なイメージなラストだったのは間違いないでしょう。
      となると、また巨人が…みたいなイメージを持つのは必然かなと。
      個人としてはあまり好みな終わり方ではないのでちょっと…なのですがそういう意味なのかなとアースも読んでいます。

      管理人アース

  7. 巴里の恋人@アース調査兵団分隊長 より:

    団長殿、いつも更新お疲れ様です。

    この考察は核心をついているのでしょうね。
    これが真実ならミカサが始祖ユミルの望むエンディングに強制誘導させられていた事になります。

    この部分を敢えてカットしたのも、編集部の意向があったのだと思います。
    出来る事なら始祖ユミルがミカサの頭の中を覗いていたのは「こんな時にミカサだったらどう考えて行動するのだろう?」程度だと良かったんですけどね。

    ただ、これを事実と受け止めるならば、ひとつだけ思い当たる事があります。
    第2話で瓦礫の下敷きになったカルラを救出しようとするシーンで、ミカサが「ヤダ…イヤダ…」と言っているコマがあります。

    敢えてカタカナ表記になっているところが、ミカサの別意識の存在を示唆しているのだろう程度に考えましたが、この謎は最後まで解明される事はありませんでした。
    ただ、この出来事を強制ループと考えると、敢えてベルトルトをスルーして、ここに向かわせた事にミカサが納得していなかったとも取れます。

    そう思える理由はアルミン達が全てが終わった後で、エレンが会いに来た事を思い出したのに対し、ミカサだけは例の山小屋生活を覚えていた事です。
    いくら始祖の力で記憶を改竄出してもアッカーマン一族のミカサには効果が半分だったんでしょうね。

    ミカサがカルラの捕食シーンを直視しなかったったのに対し、エレンがそれを見てしまったのもなにかの暗示だったのかものかもしれません。
    その直後の「あぁ、またこれか」と言い、これが最初から仕組まれていたと考えると本当に驚きです。

    • >「あぁ、またこれか」と言い、これが最初から仕組まれていたと考えると本当に驚きです。
      こういう伏線の連続でしたよね。
      本当に驚きですし驚愕の嵐です。
      間違いなく1話、2話からラストの回収は仕掛けられていたのでしょうし、「始祖ユミルに覗かれていた」じゃない形としても何からしらのループ示唆、やり直しに関する回収をしたかったのでしょう。
      本当にとんでもない物語を生む才能の持ち主だな、とずっと感じ続けながら追いかけてきました。
      次作、ぜひ読みたいですよ(*^^*)

      管理人アース

  8. 普通の東洋人。 より:

    Twitterのアカウントを持たないので、こちらから失礼します。
    始祖ユミルちゃんが豚を逃した理由は、そうする事で、愛する初代フリッツ王にひと目でも会えると子供心に思ったから?
    当時は「豚と自分の境遇を重ねて、豚を自由にさせてあげたかったから?」と考えていたのですが…。
    どっちなのか???
    連載終了二月経ってるのに、いまだ新たな発見というか、諫山先生の仕掛けたトラップに惑わされています💦

    • >愛する初代フリッツ王にひと目でも会えると子供心に思ったから?
      ああ、これは考えた事が無かったですね。
      でもこのせいで目をくり抜かれて舌を切られたり…
      う~ん、でも愛しちゃってるんですよね、ユミルちゃん(汗)
      この辺りはちょっと解釈難しいですが、こちらも読者によって読み方が変わるかもですね。

      管理人アース

  9. 馬来熊 より:

    以前、始祖ユミルの過去がわかった時に
    ユミルの民がユミルの子孫となると、全員王家血統持ちなんでは……? 王家血統のない民はどこからきたんだろう
    と疑問に思いまして、当時このサイトでも考察記事を読んだものですが

    パラレルワールドのようにして、ユミルが王をかばわなかった別の可能性があって
    そこと混ざったのかなと思いました
    それぞれの可能性は僕たちが思うほどくっきりと別れていないのかもしれませんね
    パラレルでなくループにしても、繰り返すたびに『もしかしたら』と少しずつ別の可能性を持ち越してきて混ぜてみて、最終的にユミルの満足いく結果にたどり着いたのが138話ラストということなのかな
    なんて考える余地がまだありそうです

    • >王家血統のない民はどこからきたんだろう
      フリッツ王の部族が純血エルディア人がユミルの民ではないのでは、とか考えたりしましたね。
      懐かしい(*^^*)

      >それぞれの可能性は僕たちが思うほどくっきりと別れていないのかも
      かもですね。
      ここも読者によって読み方が変わりそうです。

      管理人アース

  10. Oo より:

    私の浅い考察をここまで褒めてくださってなんだか恐縮です

    投稿したあとに思いついたのですが、
    9つの巨人の中で「進撃の巨人」だけ特性がちょっと違うと思うのですよね
    ・いつでも自由を求める
    ・未来を見ることができる
    っていう他の巨人に比べてあまり戦闘向きじゃない特性になっています
    未来を見る能力はやりようによっては戦闘に役立てることができますが、
    それは自由を求める進撃の巨人とは相反するものでもあります
    自由でありたいと思いながらも、未来に縛られる、
    それが進撃の巨人

    そして、始祖ユミルは意図的に進撃の巨人を生み出したのではないかと思うのです
    フリッツ王のために生み出した実務能力がある8体の巨人、
    (ジークじゃない獣の巨人は弱いらしいのでよくわからないですけど)
    でも残りの一体、進撃の巨人だけは、
    コントロール不能で常に自由を目指すけど、
    同時に未来に縛られその間で葛藤する巨人

    実際、後半のエレンは自由を求めながらもミカサのために未来に縛られようとします
    そして逆にミカサは、エレンを大切に思いながらもエレンを殺します
    両者の矛盾した心が出した決断にユミルは納得し、すべてを終わらせるわけですけど、
    そのきっかけになる「進撃の巨人」はユミルが意図的に生み出したのではないかと思うのです

    完全に計算していたわけではないのかもしれない、
    でもいつかこの巨人が私の答えを持ってきて全てを終わらせてくれるかもしれない、
    そう思って「進撃の巨人」を生み出したのかもしれないですね
    なんて、妄想をしてみました

    • Ooさん!
      今回の記事はOoさんのコメントからイメージし作成しました。
      ありがとうございました!

      >>進撃の巨人だけは、
      コントロール不能で常に自由を目指すけど、
      同時に未来に縛られその間で葛藤する巨人

      良く分かりますよ。
      9つの中で進撃だけ浮いているんですよね。
      どちらかと言うと「始祖の巨人」系の巨人です。
      リアルな役割ではなくいつかの自分の為に生んだような感じですよね。
      それが叶った…
      「愛と自立の物語」であると同時に「二千年進撃し続けた進撃の巨人の物語」にも読めるかもですね(*^^*)

      管理人アース

  11. カレーミン・レトルト より:

    たぶん いってらっしゃい は1話につながるんですね。
    やり直しループと言うんでしょうか?
    あまりそのジャンルは詳しくないですが、じゃあ、同時にユミルも始祖ユミル誕生の瞬間からやり直したのかなあ…

    フリッツ王に槍が刺さっていますが、これが理想だったんだ、と分かったから成仏したということなんでしょうか?
    たぶん史実ではないですよね。

    あの描かれたユミルは奴隷ですらなさそうな描写でした。
    目が黒くない・・・
    つまり奴隷からの解放なのかもしれない。
    ユミルは王への愛の苦しみを打破し、娘たちと生きると自由意志のもとで選択した、という理想の描写なのかな、と。

    史実にしてしまうと、
    あの後、娘たちに巨人継承させて王の思想に囚われ続けた奴隷のままということになるので、あの後娘たちを巨人継承させることはないと思うんですよね。

    なので、あの描写が史実なら、その後巨人の世界が二千年続いてきたことと矛盾してしまうので、こうすればよかったというユミルの後悔が描写されているのかなと思いました。

    生前のユミルは
    虐殺は肯定できないと思いつつ、愛しているから槍を受けて、愛の言葉を待ったが、愛を受けられなかった。
    だから、もう王に巨人の力を与え続けない
    と決心して死を選んだんだと思います。

    なのに娘たちに継承されてしまい、驚愕。
    それから積み上がる歴史が嫌でやり直し、ならば、王を見殺しにした後やはり娘たちに継承はさせないだろう、と。
    継承させたら巨人世界は続き、虐殺否定と継承否定で始まったやり直しなのに、やはりおかしいかな、と。
    自立と言うからには、巨人世界の継続はやっちゃダメですよね。

    愛する人だからこそ見殺しにすべきだった、それでも愛している、ということですよね。
    違うのかな…?

    • >フリッツ王に槍が刺さっていますが、これが理想だったんだ、と分かったから成仏した
      >愛する人だからこそ見殺しにすべきだった、それでも愛している、ということ

      たしかに成仏、というイメージ通りだとアースも考えていますよ!(*^^*)
      愛する人だからこそ首を斬ったミカサと同じですよね。
      始祖ユミルちゃんがあの場面で微笑んでいたのはそういう意味だったのかな、と考えています。

      管理人アース

  12. ユミル・イェーガー より:

    こんにちは。

    Ooさんの『ループがあるとすれば発動者はユミル』

    大変貴重なご意見であり、私も122話以降はループ展開があるなら「始祖ユミル」もしくは「人知の及ばぬ力」と思っていました。

    「愛と自立」というより、本編に出てくる言葉そのものである「愛と自由」という言葉に置き換えられると思います。
    以前、進撃の物語を尾崎豊の歌詞になぞらえて考察したことがありました。
    「愛と自由」は相反しやすく、どちらも得るには「理解することをあきらめない姿勢」が必要です。

    あっ・・
    ループからそれてしまいました・・(笑)

    失礼いたしました。

    • >「愛と自由」という言葉に置き換えられる

      自由って自立が前提みたいなところがありますからね。
      支配されていたらもちろん無いですが、依存していてもそうですし。
      ミカサはエレンに依存しているところがあったけれど、そこから脱せられたとも受け取れますね。
      深いです…

      管理人アース

  13. 和銀 より:

    おはようございます⛅️アース団長
    ループ説スッキリしました😭
    簡単ですが忘れそうなので気がついた事を書かせて頂きます
    ユミルループ説 これは記憶改竄の効かないアッカーマンであるミカサのみのやり直しループかな?とも思いました
    ミカサ外伝からもかなり前からになりますね
    ループ説 二次元のバックさんのインタビューでもその事について話されていましたが
    私もループ説としてもかなり難易度は高いし必ずしもハッピーエンドではないのも ポイントだろうと思いましたが
    少なくともエレンとミカサが結ばれて過ごしたであろう四年間がユミルの創作であるよりはこのほうがしっくりくるし むしろ救われます アース団長素晴らしい回答ありがとうございました(TT)あとOoさんの解釈が素晴らしく何で気がつかなかったのだろうと思いました 思えばシンプルな答えだったのです
    ミカサは最後に四年間の事を思い出し先に進めたのかも知れずミカサファンとしては救われる思いです(←ちょっと舞い上がり気味です(((^^;))では取り急ぎの考察感想失礼いたしました はっ!(^^ゞ

    • >ミカサは最後に四年間の事を思い出し先に進めたのかも
      そうですね。
      ループはエレンの為ではなく始祖ユミルの為のミカサ・ループだったと考えるとシックリ来るかもです。
      主人公の為の物語ではない見方、というのも新鮮ですよね(笑)
      進撃は本当に深いです(*^^*)

      管理人アース

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