進撃の巨人最終話139話が掲載されてから2ヶ月。
別マガ7月号に、「進撃の巨人」作者諫山創先生と「鋼の錬金術師」作者荒川弘先生の対談が掲載されました。
荒川先生は現在も別マガで「アルスラーン戦記」を連載されていますが、二人の対談とはどのような話が展開したのでしょうか?
お互いの作品の印象は?
諫山先生から、最終回についての気持ちが暴露!?
まとめてみました!
諫山創×荒川弘対談まとめ
荒川先生の「進撃の巨人」初読印象
最初の超大型巨人が出てきた時のインパクトがすごかった。
スゴい作品が始まったな、と思った。
諫山先生の「アルスラーン戦記」初読印象
もともと「鋼の錬金術師」が好きだったので、荒川先生の戦記モノが始まるということでワクワクしていた。
実際に1話目を読んで、その世界観が飛び込んできた印象。
諫山先生が影響を受けた他作品について
連載前に読んだ「坂の上の雲」からの1900年代初頭のイメージや戦争史。
映画「ヴィレッジ」の、主人公達は中世で生きているのかと思ったら実は現代で隔離されていたという設定に影響を受けた。
立体機動装置誕生秘話
昔やっていた「ロックマンダッシュ」というゲーム。
壊れた掃除機を武器に改造してもらえるというシステムが好きだった。
機械を利用するギミックに興味が湧いたことが立体機動装置を考えるキッカケになった。
荒川先生が「進撃の巨人」で印象に残ったシーン
エレン達が海を見たシーン。
壁の外には巨人が踏み鳴らした荒野しかないと思っていたら、そこには広大な文明社会があって…
その事実がわかった時に、一気に作品の世界が広がった感じがした。
同時にエレン・アルミン・ミカサの3人が見ていた同じ夢は終わりを告げて、ここからエレンの心が一気に変わっていってしまうのが、美しいけど哀しいシーンだなと。
諫山先生が自身の価値観が反映されていると思ったシーン
自分には、とにかく「壊したい」というエゴがあると思う。
「めちゃくちゃなことをやらかしたい」という感じ。
古谷実先生の作品などの影響を受けている気がして、最終回あたりの展開にはそうした部分が顕著に出ていたかもしれない。
諫山先生の実家にはピカソの「ゲルニカ」が飾ってあった
諫山先生の漫画には筆力があり、フランスのピカソ美術館で見たピカソの絵から感じた情念と重なる、という荒川先生の話から。
諫山先生の実家にピカソの「ゲルニカ」が飾ってあって、それを見るたびに諫山先生は漠然と恐怖を感じていた。
連載を終えた諫山先生の心境
諸々の単行本作業も終わり「11年半やりきったな」、という感じと、空虚な感じにもなっている。
キャラクターへの想い。アルミンに戦いを止めて欲しかった
最終回を描くにあたって、キャラクター達を描くのはこれで最後なんだと思って望んだ結果、キャラクターに入れ込みすぎてしまったという感覚がある。
「進撃の巨人」の一連の戦いをアルミンにどうにか止めて欲しかったけれど、うまくいかなかった。
最後の方に、もっとページを割くべきだったのかも。
諫山先生からキャラクターへの最期の手向けを
キャラクターの結末というか、彼らの死について深く考えてしまいます。
「葬式」と呼んでいるのですが、作品の中で死んでしまうキャラクターにはせめて多くのページを割いてあげて、今まで積み上げてきたものを載せてあげて立派な棺を仕立てて花を供えて弔ってあげようという感覚がある。
全てのキャラクターに平等にしてあげられないのが残念ですが。
諫山創×荒川弘対談読後の感想
「作品を作り上げる作家同士ならではな対談」でした。
上のまとめには入り切らない濃い内容の対談が、まだまだあります。
未読な方はぜひ、別マガ7月号購入可能な方は手にして読んでみてください。
印象に残ったのは、それこそまとめに入れませんでしたが、「時代を超越した価値観を持っている人物」についての会話です。
「アルスラーン戦記」のナルサスについての話から、「未発達な時代において現代的な視点を持ったキャラクター」についての話になります。
実際に、史実でも時折現れて歴史を作っていく「ああいう人」ってどうして生まれるんだろう、と。
「タイムトラベラー(笑)?」なんて表現も荒川先生から登場していました。
「進撃の巨人」でいうとエルヴィンやアルミンのような人を指すのかもしれないな、なんて想像しながら読みましたが。
たしかに、現実の世界・史実でも時代を超越したような人物が登場しますよね。
宗教家、思想家、作曲家や画家、作家も。
偉人や傑人たちからは、そのようなイメージを持ちます。
荒川先生のタイムトラベラーという表現も面白いですし、諫山先生は「その人の持つある種エキセントリックさが先を行き過ぎていてみんなが理解できない、というような突然変異なんでしょうかね」と評されています。
諫山先生の解説も、面白いですよね!
アースはそれら全てをひっくるめて、「天才」と表現しています。
時代を超えた思想家も時代を超えてきたタイムトラベラーも、理解できない突然変異者も。
「進撃の巨人」に登場するアルミンもエルヴィンも。
自分から見たら、みんな「天才」です。
諫山先生もそうです。
「進撃の巨人」は日本ではもちろん、世界中でも評価された、国を選ばず楽しめる作品です。
おそらくこれからの時代を超えても、評価され続けるでしょう。
バックさんの表現ですが、「自分の作品になる」「自分の為に漫画になる」作品だからです。
こんな作品、そうそう無いですよ。
とんでない高尚な作品や哲学書は、別にもあるでしょう。
でも世界中の人や未来の人々まで「誰もが自分の為の漫画にできる」作品はそうそうありません。
間違いなく諫山先生自身、時代を超えて現れたタイムトラベラー、突然変異者だろうとアースは感じました。
本人は否定するでしょうし、もしかしたら諫山先生自身ではなく「進撃の巨人」という作品が、そういう作品だったのかもしれません。
それでもこの時代に「進撃の巨人」が誕生してくれて良かった。
この時代に「進撃の巨人」に出会わせてくれた諫山先生は、アースにとっては偉人ですし傑人です。
最っこうなタイムトラベラーです。
作品が終わった後の対談を読んでも、「進撃の巨人」への感謝ばかりが湧き起こってくるアースでした(笑)
さて、次は「進撃の巨人」最終巻34巻を読みます。
どんなコミックスオリジナル描写に出会えるのか?
楽しみです!\(^o^)/









